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絵地図の世界像

 

応地利明さんによる「絵地図の世界像」は、伝存するいろいろな絵地図から、日本人が持っていた世界像の変化を読み解こうとするもので、日本人の世界像は次のように変化してきたと理解しました。

 

1. 日本のみが描かれた絵地図: 伝存する最古の日本図は14世紀初めに描かれた

  「仁和寺蔵日本図」ですが、7〜8世紀に活躍した僧、行基の名を借りて

  「行基式日本図」と呼ばれることから、行基式の特徴である「米俵を連ねた

  ように国を配する」絵地図は奈良時代から一般的であったと思われる。

2. 近隣諸国も描かれた絵地図: 日本だけでなく近隣諸国も描かれた地図の中で

  最古のものは14世紀初頭から中頃に手書きされた「金沢文庫蔵日本図」であり、

  行基式と合わせ2つの系列があったようだ。

  この絵地図には朝鮮半島から蒙古へ至る実在する国々に加えて、正体不明の

  伝説の国々「雁道(がんどう)」と「羅刹国(らせつこく)」が描かれるのが

  特徴であり、これら「雁道」と「羅刹国」については、18世紀初めに至っても

  夫々「韓唐」、「女嶋」として地図に残っている。

3. 三国世界観: 6世紀前半の仏教公伝で日本人の地理認識は天竺(インド)に

  まで広がり、世界は本朝(日本)、震旦(中国)、天竺で構成されるという

  世界観ができあがった。特に天竺は仏教世界の中心ではあるものの、余りに

  遠く、訪れることの不可能な世界として観念の中に存在する地域であった。

  玄奘三蔵の「大唐西域記」(646年成立)にある情報をもとに震旦で描かれ、

  14世紀に書写され法隆寺に伝わる「五天竺図」よ呼ばれる絵地図では中心に

  天竺が、その外縁に震旦と本朝が描かれている。

4. 欧州発の近世的世界絵地図: 1492年コロンブスの新大陸上陸、1498年

  バスコ・ダ・ガマのインド到着、1522年マゼラン率いるスペイン艦隊の世界

  一周などによる世界地図の近世化と、1549年フランシスコ・ザビエルの来日

  などによる世界地図の将来を踏まえ、日本人の世界観は16世紀に一気に広がり、

  現在に至る。

 

ざっとこんな感じ。人類の長い歴史の中で世界が「略」正確に認識され始めてからまだ500年しかたっていないことに驚きますし、1602年にマテオ・リッチ(中国宣教に成功したイタリア人のイエズス会員、カトリック教会の司祭)が描いた「坤輿(こんよ。大地、地球のこと)万国全図」においてさえ、欧州の北方にある矮人(わいじん)国について「身長1尺あまりにすぎず、5歳にして子を生み、8歳にして老い、羊をもって乗用獣とする」と記されているなど、周縁に向かうと伝説的、空想的な記載があったそうです。

 

では一体、現代において「500年前の世界像」に相当するテーマは何か。分かっているようで分かっていない、伝説的、空想的であることといえば、宇宙についての認識、人間の体や頭脳についての認識あたりなのだろうか。癌に効くと言われる健康食品についての「迷信」などもそうだろうか。でも人類の歴史を見れば、それらが正確に理解される日は確実に来るんでしょうね。

 

絵地図の世界像


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| すうさん | 08:16 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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