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下り坂をそろそろと下る

初めての平田オリザさん、「下り坂をそろそろと下りる」を読みました。「まことに小さな国が、衰退期を迎えようとしている」という司馬遼太郎の「坂の上の雲」の「出来の悪い贋作(著者)」で始まる本書は、人口減少と経済的停滞の時期を迎えた日本が如何にして急坂を下っていけば良いのか、その処方箋について考えようという内容で、平田さんの答えは次の3つの「寂しさ」を真正面から受け止めるということ。

1. 日本はもはや工業国ではないということ。
2. もはや、この国は、成長はせず、長い後退戦を戦っていかなくては
  ならないのだということ。
3. 日本という国は、もはやアジア唯一の先進国ではないということ。

具体的対策として小生が理解したことは次のとおりで、いずれも「教育」が大切であり、教育の中身を練って、時間をかけ対応していくこととなります。

1. 工業国ではないのだから、「基礎学力を身につける工業立国の教育」よりも
 「コミュニケーション能力や表現力を育む教育」が重要となる。
 小さな島国が国際社会の中で生き延びるには「コミュニケーション能力」、
 すなわち「異なる価値観や文化的な背景を持った人々にきちんと自己を
 主張し、また他社の多様性をも理解する能力(P.33)」が必要であり、
 そのために教育が資するところ大である。

2. 成長が期待できないということで、稼いだお金を地域の中で大事に使うことが
  重要で、エンゲル係数が低い日本においては農産物の地産地消よりもソフトの
  地産地消が必要となる(ソフトの地産地消とは、自分たちで創り、自分たちで
  楽しみ、自分たちで消費する、即ち地域住民のお金を東京資本に吸い上げられ
  ないようにすること)。
  東京一極集中ではなく地方の活性化が必要であるが、工業団地を作って企業
  誘致を図り雇用を創出したり、公営住宅を整備しても若者たちは戻ってこない。
  町を面白くして若者たちをひきつけるためには「文化資源」の充実が必要で、
  そのためには「文化の自己決定能力」が大切となる。この能力は「自分たちの
  誇りに思う文化や自然は何か、そこにどんな付加価値をつければ、よそからも
  人が来てくれるかを自分たちで判断できる能力(P.158)」であり、それは
  「小さな頃から本物の文化芸術に触れる」ことでしか育てることができない。

3. 先進国の国民として、殆どの日本人の中にある無意識の優越意識をどうやって
  解消していくのかということで、最も難しいのがこの寂しさなのではない
  だろうか。
  メディアが流す情報やネットに溢れる情報の中に、嫌韓や嫌中、無邪気な日本
  礼賛が多く含まれているのが気になりますが、これはどんな教育で改善する
  ことができるのだろうか。
  個人的には、このような意識の解消とは「もっと大人」になること、即ち
  客観的に自分を見つめ、大人として行動することだと感じますが、何故、
  日本人の振舞いが「子供っぽく」見えるのか、その訳を考えてみたいものです。

平田さんは「コミュニケーション教育(P.236)」が大切と指摘し、演劇を通した教育事例について触れているものの、具体的にどのようなものなのかは本書に書かれていないように思う。平田さんの別著「わかりえないことから」の副題に「コミュニケーション能力とは何か」とあるので、そこにヒントが隠されているかもしれません。

下り坂をそろそろと下る

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| すうさん | 08:48 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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