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生命と記憶のパラドックス

久しぶりの福岡伸一さんで、週刊文春に2010年から2011年にかけて掲載された随筆を66編集めた「生命と記憶のパラドックス」は、記憶、旅、進化、IT、読書、芸術、ナチュラリスト宣言の7章で構成されます。多様なテーマの中身と「生命と記憶のパラドックス」という書名とが合っていないことと、ご自身を「福岡ハカセ」と呼ぶ感覚には違和感を覚えましたが、総じてタメニナル内容でした。

印象に残ったのは2点。先ず「進化に目的はない」で、「キリンは高い場所の葉っぱを食べようといつも首を伸ばす努力を世代ごとにたゆまず続けた結果、あんなに首が長くなった」というラマルク説は間違っていて、「努力の結果獲得したものは遺伝することはない。つまり生物は目的をもって進化することはできず、たまたま突然変異で首が長くなったキリンを環境が選択したということ(首の短いキリンより長いキリンの方が子孫を沢山残せたということ)」というダーウィン説が正しいという点。

もう1点は、「懐かしさと切なさ」の中で、懐かしさとは「昔の出来事そのものが懐かしいのではなく、その頃の自分が懐かしい、つまり懐かしさとは自己愛の一種なのだ」。切なさとは「すべての移ろいが無限に繰り返されるものだとただただ漠然と信じ、無為に生きていた自分の無知さと無垢さが悲しい、つまり切なさというのは有限性の気づきである」との解釈。

ネットで三省堂大辞林を見てみると「切ない」の最初の意味として「胸がしめつけられるような気持、つらくやるせない」とあり、「やるせない」を見ると「思いを晴らすことができずせつない」とすっきりしない説明で、福岡ハカセのように言葉を解剖してみないと言葉の意味を探り当てることは難しい。若かりし頃に読んだ(筈の)ビアス「悪魔の辞典」と芥川龍之介「侏儒の言葉」をもう一度読んでみますか。

生命と記憶のパラドックス

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| すうさん | 08:31 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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